大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)768号 判決

上告人

千代田火炎海上保険株式会社

代理人

毛受信雄

熊谷林作

谷正男

被上告人

サウスシー・パール株式会社

代理人

小林俊三

橘喬

曽根信一

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

右部分につき被上告人の控訴を棄却する。

原審および当審における訴訟費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人毛受信雄、同長野潔、同熊谷林作、同谷正男名義の上告理由第一点について。

原判決は、上告人・被上告人間の本件船舶海上保険契約当時における普通保険約款中の保険者の免責事項を定めた三条の規定は「二、襲撃、捕獲、拿捕、又ハ抑留(海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク)」とあるうちの括孤書の部分が抹消されていたのであるが、右抹消は、保険業法一〇条による主務大臣の認可を受けないでなされた普通保険約款の変更であつて無効であり、したがつて、海賊による襲撃により生じた本件事故につき、保険者たる上告人は、抹消前の右規定に基づき損害を填補すべき義務を免れないものであると判断し、右変更を無効とする理由として、およそ一般保険契約者は、契約に際し、特段の事情があるため意識的に約款と異なる約定をしない限り、保険業者のあらかじめ開示する普通保険約款につき、その個別の条項を知ると否とにかかわらず、これに概括的に同意したものとみなされ、これに拘束されるものであるが、保険業法は、保険約款のこのような拘束力に鑑み、一方において保険業の健全な発達育成をはかるとともに、他方において保険制度を利用する一般公衆の正当な利益を護り、保険契約者が保険契約の技術性の故に不当な不利益を被ることのないよう、国家が保険業を監督する趣旨で、普通保険約款の作成変更につき主務大臣の認可を必要とするものと定めているのであつて、約款の法規範的拘束力が是認される所以は、その内容において合理化されており、保険業者の一方的恣意を許さず、主務大臣の認可を要することに基づくものであるから、保険業者が右認可を受けずに変更した約款の条項は、保険契約者に対し法規範的拘束力をもつ根拠を欠くものである旨を説示しているのである。これに対し、論旨は、約款の変更についての認可の有無はその私法上の消長を及ぼすものではない旨を主張し、右判断の違法をいう。

思うに、普通保険約款が保険契約者の知・不知を問わずこれを拘束する効力を有するものであること、その作成変更につき主務大臣の認可を要するとされる趣旨が、主として、右のような拘束力を有する約款が保険業者の恣意により作成されることを防ぎ、約款の内容を適法かつ合理的ならしめて保険契約者の保護をはかることにあることは、右の原判決説示のとおりである。しかし、主務大臣の認可を受けない保険約款の変更は、如何なる種類の保険においても、すべて一律にその効力を有しないものとするのは相当でない。船舶海上保険においては、一般の火炎保険や生命保険とは異なり、保険契約者となる者すなわち船舶海上保険を利用する者は、多くは、商行為をなすことその他営利的な目的をもつて船舶を航海の用に供する者であり、相当程度の営業規模と資力を有する企業者であるのが普通であつて、保険業者に比して必ずしも経済的に著しく劣弱な地位にあるとはいえない。このような者については、同種の保険を反覆して利用することによつて普通保険約款の内容に通暁し、その各条項を仔細に検討し、契約の締結にあたつては、自己の合理的な判断と計算に基づいてその内容を定めることが、期待されうるとともに、保険業者としても、このような利用者の意思と利益を無視して約款その他の契約内容を一方的に自己に有利にのみ定めることはできないのであつて、保険約款の内容を保険業者の定めるところに委ねても、必ずしもその合理性を確保しえないものではない。したがつて、海上保険についても、保険制度の公共性に基づき、その適正な運営のため保険業に対する国の一般的監督が必要とされることは勿論であるが、保険契約の内容を律する普通保険約款を公正妥当ならしめ保険契約者を保護するという点においては、行政的監督は補充的なものに過ぎず、主務大臣の認可を受けないでもそれだけでただちに約款が無効とされるものではないというべきである。してみれば、船舶海上保険につき、保険業者が普通保険約款を一方的に変更し、変更につき主務大臣の認可を受けないでその約款に基づいて保険契約を締結したとしても、その変更が保険業者の恣意的な目的に出たものでなく、変更された条項が強行法規や公序良俗に違反しあるいは特に不合理なものでない限り、変更後の約款に従つた契約もその効力を有するものと解するのが相当である。

いま本件についてこれをみるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の認定した前示約款三条二号の経緯ならびに変更後の約款が長期にわたり海上保険取引の実際において妥当して来た事実に徴すれば、右変更は保険業者の恣意に出たものではなく相当の理由があり、かつ、その変更が特に不合理な結果を生ずるものとは認められないから、右変更後の約款は本件保険契約の内容を定めるものとして当事者を拘束する効力を有するものと解すべきである。

そして、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の確定した事実関係のもとにおいては、被上告人主張の本件事故は普通保険約款三条二号所定の襲撃にあたり、上告人は右事故につき保険金支払の責に任じないものと解すべきであつて、被上告人の本訴請求は失当である。したがつて、これと結論を異にする原判決には、右のような約款変更の効力に関する判断を誤つた違法があり、右判断の違法をいう論旨は結局理由がある。

よつて、その余の上告理由について判断をするまでもなく、原判決は上告人敗訴部分につき破棄を免れず、被上告人の請求を棄却した第一審判決を相当として被上告人の控訴を棄却すべきものとし、民訴法四〇八条一号、三八四条、三九六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎は退官につき評議に関与しない。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 大隅健一郎)

上告代理人の上告理由

第一点 主務大臣の認可を海上保険の普通保険約款変更の有効要件と解した違法について

原判決には、主務大臣の認可は、海上保険における普通保険約款変更の有効要件(当事者を拘束する効力要件、以下同じ)と解釈して結論を出した違法がある。

(一) 原判決認定の通り、本件船舶保険契約の保険約款三条二号の「襲撃、捕攫、拿捕又ハ抑留」の下の「海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク」との括弧書(印刷文書)が契約の当初より二本の棒線により抹消されていたが、その右の抹消については本件保険約款締結の当時主務大臣の認可を得ていなかつたことは当事者間に争のない事実である(原判決三丁裏末行から四丁)。これに対し、被上告人(控訴人)は、この「抹消は、契約締結当時主務大臣の認可を得ていないから、その効力はなく、海賊の襲撃による場合被控訴人(上告人)は保険者としてその損害を填補すべき義務を免がれ得ないもの」と主張した(原判決五丁裏)。

この点につき、原判決は次の通り判示して、主務大臣の認可を普通保険約款変更の有効要件と判断した。

(1) 「元来保険契約というものは、当該契約の基礎として、背後に多数の保険契約者が予定されているものであり、保険業を営む会社が株式組織のものであつても、保険業そのものは相互性の強いものであり、このことは、同時に保険業を極めて技術的なものとしている。しかもそのために一般保険契約者は、保険技術より生ずる巨細の多くの取極めを知らず、単に、保険金額、保険料金、保険事故の大要等を知るのみで保険会社と保険契約を結んでいる。保険契約関係に入ると、特約がない限り、内容を知つていたと否とに拘らず、普通保険契約約款が保険契約の内容となる。保険契約申込書等には云々(中略)。しかも右約款が保険契約の内容として、自由意思の下に約諾されたとすることは、あまりにも事実を誣いるものと云わざるを得ない」(括弧内省略)(原判決五丁裏末行―六丁裏)。

(2) 「普通保険約款は、一方においては保険業の健全な発達育成を図ると共に、他方保険制度を利用する一般公衆のために、その正当な利益を護り、保険業者の一方的恣意を許さず、保険契約の技術性を知らないために、不当な不利益を受けることのないようにとの配慮の下に、国家が保険業を監督する趣旨で、その作成、変更につき主務大臣の認可を必要としたもので(括弧内省略)あり、しかも、その認可を得た約款は保険契約の内容として考えられることになる。保険契約者は、保険契約に入るか否かの自由を有するけれども、契約に入れば、前示約款は、特段の事情があるため、意識的に右約款の条項と異なる約定をしない限り、保険業者の予め開示している定型的、公信用的契約条項として、概括的に同意されたものとなる。この種の契約はいわゆる附合契約と称せられ、普通保険契約約款は、この場合、概括的同意があると解する余地があることは前述の通りであるとしても、契約関係に入れば、その適用を受ける点において法令に近く、しかも締約の自由を有する点において自由意思による契約の法理に近く、いわば、法令と契約との中間に存するものといわれているのである」(括弧内省略)(原判決六丁裏から七丁裏)。

(3) 「以上説示したところにより明なように普通保険契約約款にかような法規範的拘束が認められるのは、法律的には保険契約者の開示条項に対する概括的同意(これを附合という。)があるものと解釈されるが、かかる解釈を是認できる根拠は約款がその内容が合理化されており保険業者の一方的恣意を許さず主務大臣の認可があることを要するに基くものというべく、従つて保険業者(保険者)が、主務大臣の認可を受けずに変更した条項は、保険契約者に対し、法規範的拘束力をもたせる根拠を欠くものであり、その変更は約款変更の効力を生じないもの(単に可罰的のものにとどまらず)と云わなければならない」(原判決七丁裏から八丁表)。

(二) 右の判示は、従来の通説及び判例に反し、きわめて挑戦的、独断的であるのみならず、説明と結論との間に大きな論理の飛躍があると信ずる。保険契約におけるいわゆる普通保険約款について、前示(一)の(1)及び(2)の通り説示することは、保険の基本的理念の把握の仕方や、説示におけるいい廻わし方の相違によつてニユアンスに幾分の差異はあるが、その荒筋については殆んど異説はないのである。一面においては、契約理論に基き、その演繹により普通保険約款の性質を論じ、他面においては、普通保険約款に対する世人の認識から帰納してその法規性を強調するのであつて、そのいうところは、普通保険約款の拘束力を円滑に結論づけんとするに止まり、法律上の取扱ないし立論に大した差異はないのである。判例及び通説は前者の立場に在り、原判示は後者の立場をとるものということができる。

保険契約は、その性質上多数の者を相手方として各別に大量的に締結されるから、各契約者とその契約内容の細目を個別的に折衝協定することは、非能率的であるのみならず、保険営業には生命保険であると損害保険であるとを問わず、統計を基礎とする技術的な問題があり、これが契約面にあらわれるのであるが、これを当該相手方をして十分に理解させることは、無意味でもあるし、ある程度不可能ともいえるのである。そこで、契約の内容については、普通保険約款として一定の条項を定め、各別の特約がない限り、これを内容とする保険契約が締結されることになるのであつて、これを附合契約または附従契約と称し、原則として当事者は約款の知、不知を問わず拘束されるのである。

そして、古くから判例は、普通保険約款につき「当事者双方カ特ニ普通保険約款ニ依ラサル旨ノ意思ヲ表示セスシテ契約シタルトキハ反証ナキ限リ其約款ニ依ルノ意思ヲ以テ契約シタルモノト推定」すべきであるといい(大審・大四・一二・二四判決、民録二一輯二一八二頁)、また、「保険契約者カ保険会社ノ普通保険約款ニ依ル旨ノ記載アル保険申込書ニ記名調印シテ申込ヲ為シ保険契約ヲ締結シタルトキハ反証ナキ限リ従令其ノ当時普通保険約款ノ送付ヲ受ケス従テ其ノ内容ヲ知悉セサリシトキト雖仍其ノ約款ニ依ル意思アリト推定スヘキモノナレハ、右約款ノ各項目ハ当事者間ノ保険契約ノ内容ヲ為スモノトス」(大審・昭和二・一二・二二判決、新聞二八二四号九頁)と説示している。これらは、固有の契約論に一種の擬制を施したもので、いずれも推定といつているが、反証を挙げることは事実上不可能であるから、普通保険約款は当然に保険契約の内容となるとの結論と異なるものではない。

これは、原審が「保険契約者は、保険契約に入るか否かの自由を有するけれども、契約に入れば、前示約款は、特段の事情があるため意識的に右約款の条項と異なる約定をしない限り、保険業者の予め開示している定型的、公信用的契約条項として概括的に同意されたものとなる。」と判示するところと軌を一にするものである。ただ、幾分原判決が普通保険約款の法規性を押し進めている点に微差があるに過ぎない。

(三) 普通保険約款が当然に具体的保険約款の内容をなし、保険契約者がその条項を知らない場合であつても拘束を受ける理由につき、前示大正四年一二月二四日の大審院判例は、「是レ畢竟如上ノ法令ニ依リ内国会社タルト外国会社タルトヲ問ハス、苟モ我国ニ於テ保険事業ヲ営ム者ニ対シテハ、国家カ各保険業者ノ定ムル普通保険約款ニ付テ干渉シ其約款ノ当否ヲ監査シテ之ヲ許容シ以テ世間一般ノ保険契約者ヲ保護スル所以ニシテ、又実際保険契約者カ普通約款ノ内容ニ通暁セスシテ之ニ依リ契約スルハ、多クハ其約款カ内容ノ如何ニ拘ラス概シテ適当ナルヘキニ信頼シテ契約スルモノニ外ナラス」とし、主務官庁の監督によつて約款が一般に適当であると認められるからであるとする。

原判決は、これを更に一歩進めて、前示引用の判示(一の(3))にいう通り、「約款がその内容が合理化されており保険業者の一方的恣意を許さず、主務大臣の認可があることを要する」からであると論結する。これは「普通保険約款の内容は、形式上は法規ではないが、監督官庁の認可をうけ、また、取引会社において合理化をみとめられることにより、一種の法規的効力を有するに至るが故に、当事者のこれによる意思の有無を問わず当事者を拘束する」という説明と略同一の思想であると考えられる。しかし、一般に約款は合理的に仕組まれているという事象に対し、主務大臣の認可という形式を附加したことだけにより、法規範的性格を与えようとするのは、実定法上到底是認することができない。

(四) 約款の知、不知を問わず、当事者が普通保険約款の拘束を受けるのは、それが法規であるからではなく、また、認可があるからでもない。本来、保険事業が先づ発生し、監督はこれに追随したものであつて、認可があつても約款の内容が不法ないし不合理であるならば、これが当事者を当然に拘束する理由はない。普通保険約款が、契約者がこれによらない意思を表示しない限り当然にこれによるべき意思があると推定されるといい、また、他の論者が普通保険約款は保険契約が附従契約であるから当然に当事者を拘束するというが、いづれにしても、かように拘束力を認める理拠は、保険業法による主務大臣の監督権にあるのではなく、保険事業は保険会社が広範囲に亘る非常に多くの一般人と契約をし、その契約の内容は統計を基礎とし、保険金額等各人につき必然的に異なるものは兎に角その他の条項は原則としてすべて必然的に同一の条項によつて律せられることを要するという特殊性や定型性に基くものである。故に、その内容において強行法規や公益に反しない限り、保険契約を締結した当事者を当然に拘束する効力をもつのであつて、主務大臣の認可によつて拘束力が与えられるのではない。主務大臣の認可は、単に保険者の恣意を抑制し、強行法規や公益に反することを予防する、換言すれば強行法規や公序良俗に違反する点、不合理ないし公益を害する点等を排除するだけのものであつて、それ以上に私契約の内容に立ち入るものではない。学者がこれにつき、「約款の内容が不法ないし不合理な場合には、その拘束力をみとめられず、監督官庁の約款認可制度はある程度この保障に役立つ」(鈴木竹雄著商行為法保険法海商法八五頁)といつているのは、主務大臣の認可の規定を単なる監督規定とするものであることきわめて明白である。また、他の学説は「行政官庁の認可は、約款の内容の適法性に付き、一応の徴証となり得るに過ぎぬのであつて、これを以て、約款の効力の根拠にするには足りない。」とするが(新法学全集一六巻野津務氏保険法八三頁)、これまた同一の結論である。

すなわち、原判決判示のように、普通保険約款は主務大臣の認可によつて、有効となり、保険契約が締結されると当然にその内容となり、当事者を拘束するというのは、本末の転倒で誤りであると信ずる。

よつて、普通保険約款は主務大臣の認可を欠いでいても、これによる保険契約が締結されれば、契約の内容として拘束力をもつものであり、変更した約款の場合も亦同様である。一般に、会社が新規に免許を受けて営業を開始するときには、普通保険約款を提出しないはずはないであろうが、その変更につき、本件のように戦争中から戦後まで約二〇年余りに亘り認可を受けないということは、稀有ではあると思う。しかし、たといその認可がなくとも、その内容において、強行法規や公益に反するものでない限り、保険契約が締結された以上、約款変更の認可の有無を問わず、私法上拘束力を有するものといわなければならない(勿論、普通保険約款の変更は、将来締結されるべき保険契約者に対し拘束力があるだけであつて、既に締結されている保険契約に遡及的に適用されるべきものでないことは当然であるが、これは本件とは関係がない)。

(五) 以上説明の通り、普通保険款約の条項の変更について認可がない場合であつても、その約款は拘束力を有する。認可は約款の有効要件ではないから、普通保険約款の変更につき認可がない場合でも保険契約が締結されれば、その変更約款は当然に当事者に対し拘束力をもつものといわなければならない。

従来の裁判例は、次の通りである。

(1) 昭和二年一二月九日の東京控訴院判決(生保命険普通保険約款に関す、新聞二七九五号一〇頁、判例大系一九巻二三頁)

該特約事項ハ其所謂健康ノ証明ニ該当セサルカ故ニ該特約事項ニ付テハ未タ主務官庁ノ許可ナキ故ニ無効ナル旨主張スルニヨリ按スルニ、復活契約ヲ無効トスル右特約事項カ普通保険約款所定ノ復活申込ノ要件タル所謂健康ノ証明に該当セサルコトハ洵ニ控訴人所論ノ如クニシテ而モ該事項ニ付被控訴会社カ主務官庁ノ認可ヲ得タルコトハ之ヲ認メ得ヘキ証拠ナキカ故ニ、本件契約当事者ハ普通保険約款ノ定メサル主務官庁ノ認可ナキ事項ヲ以テ本件復活契約ノ内容ト為シタルモノト謂ハサルヘカラス、然レトモ主務官庁ノ許可ノ有無ト約款ノ効力トハ全然別個ノ観念ニシテ当事者ハ苟モ公益ニ反セサル限リ主務官庁ノ認可ノ有無ヲ問ハス如何ナル事項ト雖モ有効ニ之ヲ契約ノ内容ト為スヲ妨ケサルカ故ニ、右特約事項ヲ単ニ主務官庁ノ認可ナキ普通保険約款ノ変更ナルノ一事ヲ以テ其効力ヲ否定シ得ベキニアラスト論断セサルヲ得ス。

(2) 昭和一二年一二月二八日同院判決(海上保険に関す。新聞四二五四号一〇頁、判例体系一九巻一二二一頁)……参考(前略)……右ノ如キ条項ニ付イテハ保険業法及ヒ同法施行規則ニ従ヒタル主務官庁ノ認可ナキヲ以テ無効ナリト主張スレトモ、元来保険業法並ニ同法施行規則ハ保険事業ヲ営ム者ニ対スル監督ノ為メニ制定セラレタルモノナルコト疑ナキヲ以テ同法第五条第八条同規則第十二条ニ違背シ認可ナキ条項ヲ保険証券ニ掲ケタレハトテ其私法上ノ効力ノ発生ハ之ヲ妨ケサルモノト解セサルヘカラス。

これらの判決は、保険業法の認可に関する規定はすべて監督規定であることを判示するものであつて、認可という文字の形式とは無関係である。原判決が七丁表括弧内に掲げるように、認可の用語は有効要件とする趣旨であるという説があるが、事実問題としてこの用語例は乱れており、正当な理論として取り上げるべきものではない。

そして、大多数の学説も右二個の東京控訴院判決を引用してこれに賛し、認可のない約款の変更は、私法上当然に無効とはいえないと論じており(例大森忠夫法律学全集保険法五二頁)、これが学界におけるいわゆる通説である。この判例及び通説に反し、これを無効とする旨を明言する学説は見当らない。立法論として、契約者の不利益に変更することを禁ずるという説ならば、これを取入れることができなくはないが、一般的に原判決判示のように断定するのは、法律の解釈につき独断であり違法である。

(六) 原判決の認定する本件普通保険約款三条二号の「襲撃、捕攫、拿捕、又ハ抑留」の下の「海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク」との括弧書(印刷文書)が契約の当初より二本の棒線により抹消されていたが、右の抹消については本件保険契約締結の当時主務大臣の認可を得ていなかつたことは、当事者間に争いがない。そして、これは、一応普通保険約款の変更であるといつて差支えないとしても、この変更は、強行法規や公益に反するものということはできないから、主務大臣の認可の有無に拘わらず、拘束力をもつものといわなければならない。そして、原判決が同一であるとして援用している一審判決(二四丁表及び裏)によれば、

「一九二五年一月六日改正のロンドン保険協会約款においては海賊行為が有責事故となつていたが、一九三六年七月スペイン内乱が勃発し地中海やその他の海域に国籍不明の潜水艦や航空機の攻撃による船舶の損害が発生するに至り、これを海賊による損害と裁判所によつて判断され保険者が填補しなければならなくなることをおそれたロンドンの保険業者は、一九三七年四月二六日改正の同約款で海賊行為を免責事故とし、かつ、その旨わが国の保険業者に通知して来た。これより先、わが国では、一九三三年六月一日以前に使用されていた船舶海上保険普通約款第二条において「当会社ハ左ニ掲ル損害ヲ填補スル責ニ任セス。一、一揆、暴徒若シクハ海賊ヨリ蒙ムル損害(二、以下省略)」

という形式で免責事故としていた海賊行為を、同日以後使用されるに至つた約款においては当時のロンドン保険協会約款にならつて有責事故とする趣旨で、特に同改正約款三条二号の「襲撃、捕攫、拿捕又ハ抑留」の次に「(海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク)」の文言を入れたのであつた。ところが、ロンドンの保険業者からの右通知を受けて、わが国の保険業者によつて構成されている船舶協同会は、一九三七年一一月二六日に行われた第一一〇回月例総会で、再び右英国の例にならつて海賊による場合を填補しないこととし、その趣旨で従来の約款の三条二号の「海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク」とあるのを抹消し、同年一二月一日以降保険の危険が開始する契約からこの約款を使用することを申合せ、それ以後約二〇年間この括弧書を抹消した約款がわが国の海上保険契約において例外なく使用されて来たのである。(中略)

この経過からみても、本件約款三条二号の「襲撃」には海賊によるものが含まれていると解すべきである。」

すなわち、本件約款の変更は、契約者となる者に内密に行われたものではなく、この変更は強行法規に反することなく、公益にも反することがない。わが国の海上保険界において実に約二〇年間に亘り行われてきたのである。今次の戦争中におけるこの変更について何故に認可申請がなされなかつたのか、その理由はいささか詳かでないが、この認可の手続を欠いているからといつて、合理的な本件変更約款に拘束性がないものとすることはできない。

原判決が、従来の判例学説に反対し、普通約款の法規性に執着し、ただ、単に認可が欠缺しているというだけの理由をもつて本件の普通保険約款中の変更部分を無効視し、上告人に保険金支払を命じたのは、法律及び契約の解釈を誤り、違法な結果を招いたもので破棄すべきものと思料する。〈以下略〉

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